会長挨拶 シンポジウム 大動物臨床研究会会則 入会のご案内 トップページ
 第44回大動物臨床研究会シンポジウム
「乳房炎に対する抗菌薬の利用について考える」

配信期間:2020年11月1日(日)〜30日(月)

 


■ 座談会
  「乳房炎に対する抗菌薬の利用について考える」


<司会> 
高橋 俊彦 先生 (大動物臨床研究会会長・酪農学園大学教授)

<パネリスト>

臼井  優  先生 (酪農学園大学准教授)
 菊  佳男 先生 (大動物臨床研究会・農研機構動物衛生研究部門)
大林  哲  先生 (大動物臨床研究会理事・十勝NOSAI)
 橘  泰光 先生 (大動物臨床研究会副会長・オホーツクNOSAI)


質 問 箱
開催期間中にご視聴頂いた方々から頂いた質問に、パネリストの先生が答えます。
Q1  家畜に於ける抗菌剤使用は豚が突出してはいますが、耐性菌に関しては人医領域で検出され大きく問題視されてきています。家畜領域に問題視を向ける前に人医領域では対策を実施し、人医使用の耐性菌が減少しているのでしょうか?
20年ほど前よりSA乳房炎検体を収集していますが、MRSAを検出したことがありません。
 抗菌剤使用の軽減には賛成し実施しているつもりですが、「耐性菌=畜産での抗菌剤使用」に疑問を感じます。
(臼井先生)
 ご質問いただきありがとうございます。人医療においても、近年は様々な対策が講じられており、特に小児に対して抗菌薬を使用しない旨を説明したことによる点数加算(抗菌薬適正使用加算)などは目に見える形の対策として行われており、実際に小児への抗菌薬の使用量が減少しているようです。ただし、耐性菌の出現率となりますと、それほど減少しておらず、ヒト医療では、益々の対策が必要であると、国を上げて対策をしているところです。また、MRSAについてですが、乳房炎由来のSAはMRSAとして分離されることが非常に稀です。家畜の耐性菌としては、MRSAは日本国内では現時点ではそれほど問題でないと思います。おそらく、MRSAは乳房炎の原因として定着しにくい特性があるのではないかと思います。また、最後の疑問については、私も理解いたしますが、家畜も含めて、ヒトと環境を含めての対策が必要という理解で進んでいければと考えております。

Q2  40年以上前に乳牛の臨床獣医師となりましたが、その当時の福島県では北海道のように乾乳期用軟膏(PCG)の使用は、そう多くはありませんでした。
 使用の少ない農家に伺うと「泌乳期中に乳房炎を発症していない」「この乳牛は使用しなくても乳房炎を発症したことが無い」など個体に関する情報で使用の有無を決定していました(福島県は小頭数飼養農家がほとんどだったこともありますが)。
 群でみると使用の判断基準はなかなか見えにくいので、個体を対象とした簡単なフローでの指針などは考えられないでしょうか?
(菊先生)
 ご質問ありがとうございます。選択的乾乳期治療(SDCT)を行う牛個体を選ぶ判断基準についてのご質問と承りました。ヨーロッパで盛んにSDCTについての取り組みが行われていますが、ほとんどの国が牛個体で選択しています。その判断基準は様々ですが、「泌乳期乳房炎歴」だけ(乾乳時の検査は無し)で判断している国や「泌乳期乳房炎歴」と「乾乳時の個体乳体細胞数」を併用して判断している国があります。おそらく、先生のお話の農家さんも「乳房炎歴のない牛」は乾乳軟膏不要と判断されていたのではないでしょうか。
 他に、個体を対象としたフローで比較的簡単と思われるのは、ニュージーランドの報告ですが、乾乳時のCMTで完全に全分房陰性の牛は乾乳軟膏を使用しない(内部シールは使用しています)取り組みを行って、成果を上げていました。但し、成果とは抗菌薬の使用量低減を指しています(分娩後の乳房炎発生率は、乾乳軟膏の使用に関わらず変わらない、と言うことでした)。

Q3  休薬期間を短くするために抗生物質を選択する、と言うことはNOSAI職員としても獣医師としても間違っていると思いますが、先生のご発言は問題ないのでしょうか?しかも、その行為こそが耐性菌の増加に加担しているように思えますが。
(橘先生)
 
 「休薬期間を短くするためだけに抗生物質を選択する」というのは、先生のおっしゃるとおり獣医師として間違っていると思います。抗生剤の選択時には、まずその感染症に有効と考えられ、なおかつなるべく抗菌スペクトルの狭いものを使用すべきだと考えます。しかし実際の問題として「休薬期間を短くするために抗生物質を選択する」に近いことが起こっていると私は推測しています。ただ抗生剤の選択にあたり休薬期間を考慮することが全く悪いことかといえばそんなことはなく、選択肢の一つであるとは思います。
  ただ私の推測ではありますが、「現実問題として現在のエクセネルとエクセーデの使用量の増加は休薬期間の短さが関係している。」ということをお話したかったということです。なぜなら、休薬期間がらみでのエクセーデやエクセネル使用に関しての農家からの圧力(強弱はありますが)があるのは事実です。私はエクセーデは使用していませんし、エクセネルも第2次選択薬として適正に使用しているつもりでいますが、その圧力を跳ね除けることができる獣医師、圧力に屈してしまう獣医師、元々深く考えていない獣医師と色々いると思います。これはNOSAI獣医師も開業獣医師も同様だと思います。
  農家がエクセネルの存在を知らない地域ではそのような圧力はありません。エクセネルの使用量が急増している地域と、使用量が低いままの地域があるのはそのためだと思います(これも私の推測ですが)。そのことを伝えたかった発言です。
  次にエクセネルの使用が耐性菌増加に加担しているかどうかですが、使用量が増えていけば間違いなく耐性菌は増加すると思うのですが、それがどのくらい耐性菌増加に寄与しているのかはわかりません。エクセネルがアメリカで発売されて20年たちますし、アメリカの乳房炎軟膏のシェアはたしかエクセネルが1番だと思いますので、アメリカでは今まで相当量のエクセネルが使用されてきたと思います。アメリカでの耐性菌のデータなどがあれば参考になると思います。

Q4  内部シール材が承認されないのであれば乾乳軟膏の使用中止(部分使用も含む)は難しいでしょう。これに代わるものは粘膜ワクチン以外には無いと思います。早急の開発、製品化を望みます。また、オランダは尊厳死が認められていたり、明らかに日本とは考え方が違っています。臨床を始めて以来、耐性菌のことは考えながら仕事をしてきたつもりですが、我々、獣医師間でも抗生物質の使用方法は千差万別ですし、酪農家も「使い分けなんか面倒臭い」、「もしも乳房炎になったら困るから」等の理由で乾乳軟膏の使用を減少させるのは難しいと思っています。それを考えると内部シールも普及度はせいぜい50%程度になるのではないでしょうか?期待の粘膜ワクチンが製品化される道のりはまだ遠いのでしょうか?
(菊先生)
 ご質問ありがとうございます。選択的乾乳期治療(SDCT)を国内に広めていきたいと思っていますが、仰る通り内部シールは成分の問題から承認が中々難しいことは承知しています。自分自身としては、成分の問題であれば、その成分に代わるものを利用した内部シール剤を国内企業が開発してくれないだろうか、大きなシェアを獲得できるのに、と思っています。また、もし、SDCTを行う場合の「牛(や乳房)の選択」が手間であることについても、ご指摘の通りです。これについても、SDCTを普及する課題の1つと考えています。今取り組みを始めているのは、搾乳ロボットに装着することを想定して、リアルタイムで乳房内への細菌侵入を検知する技術の開発です。これが開発できれば、泌乳期間を通して牛の感染状況を把握しながら乾乳期を迎えることができ、最終的に乾乳軟膏要否の判断を手間なくできるのではないかと考えています。
 それから、粘膜ワクチンについてご期待頂きありがとうございます。これまでに、通常飼育されている牛群や実験感染を行った牛に対して、粘膜ワクチンが乳房炎予防効果を得られるか検証してきました。詳細はこの場では述べることはできませんが、その結果、実用化を期待できる成果が得られています。具体的な製品化までの年数を示すことはできませんが、製品化へのマイルストーンは着実にクリアしています。早くご期待に応えられるように、取り組んで参ります。

Q5  堆肥中に耐性菌と遺伝子が存在することは分かりましたが、どちらが危険度が高いですか? 遺伝子の存在=耐性菌の増加となるものか? 耐性菌が存在することと遺伝子が存在することのリスクの差を教えてください。
(臼井先生)
 ご質問いただきありがとうございます。リスクの高さについては、明確に回答することはできませんが、いずれも減少させる必要があると考えております。遺伝子が存在することにより、培養することができない細菌へ薬剤耐性が伝播する可能性がありますので、宿主を変えて、ヒトへ伝播するリスク、環境中に潜むリスクがあります。

Q6  抗生剤使用について、大農場特に指示書を獣医師に発行してもらい、自家治療をしている場合、抗生剤の特性も知らずにただ漫然と昔からの感覚で使用している場合が多い。今、薬剤耐性についてはこういう実態をどのようにしていくか?
この様な農場に対して、薬屋も売らんがための宣伝をする事がみられる。獣医師の観点はもちろんだが、農場での抗生剤使用について、もっと規制をすることが重要だと思いますが、いかがでしょうか。
(橘先生)
 人類や環境に対する耐性菌増加の問題がどのくらい緊急事項なのかと、農場での不適切な抗菌剤使用による耐性菌増加が全体の耐性菌問題にどの程度寄与しているのかによると思います。これが緊急事態的な問題で、農場での耐性菌出現が本当に問題であるなら、抗生剤使用について何らかの規制をかけなければ、業界の啓発活動だけでは間に合わないと思います。大規模農場の管理獣医師に指導された自家治療というものには唖然としたものがあります。

(大林先生)
 大きな農場では従業員を雇用されている農場が多く、従業員の技術レベルの維持、改善のために勉強会の開催を提案しています。勉強会の中で新しい技術や質問にあるような治療法などの話題を提供することができ、農場経営者とも会話の機会も増え、農場の考え方を変えていくことができると考えています。規制も必要かもしれませんが、まずは理解し、納得して実践していただくことが必要だと思います。また、私たち獣医師も使用に際して統一した見解で使用していく必要があると思います。

(臼井先生)
 規制を強化することも必要かもしれませんが、まずは薬剤耐性問題に関する普及啓発が重要だと考えます。このような実態を改善していくため、普及啓発活動が必要であり、抗菌薬治療のガイドブックなどが製作されております。

(菊先生)
 薬剤耐性の問題は、1農場や1地域、日本だけ問題ではなく、全世界的な課題です。そのため、大小さまざまな勉強会や研究会、学会、さらにはテレビのニュース等でも「薬剤耐性」について、耳にすることが増えました。また、大学教育においても臼井先生のような専門家が、次代の酪農畜産を担う若者に薬剤耐性の問題について教育されておられます。おそらく、先生が問題視されれているような大農場においても、周りの影響もあり担当獣医師や農場スタッフの方々も薬剤耐性に対する意識が少しずつ変わってきていると推測しています(少し楽観的でしょうか)。また、動物用医薬品企業の方々は、薬剤耐性に関して非常に重要な問題と捉えており、各社社内教育を実施しているとともに、抗菌薬から予防薬への転換に取り組んでおられると思います。いずれにしましても、今は、薬剤耐性問題についての啓蒙が着実に広まっている時期と考えています。規制強化もいずれ必要になるのかもしれませんが、まずは酪農畜産の関係者が抗菌薬使用について「考える」機会を増やしていくことで、適切に抗菌薬を利用していくことが大切だと思います。

Q7  乳房の免疫機構は特殊だと思うが、TSV(ゾエティス)による免疫賦活は期待できるのでしょうか?
(菊先生)
 ご質問ありがとうございます。TSVに本来の目的以外にも、免疫賦活作用を有することは存じておりますが、今のところTSVで乳房炎予防に効果を示した報告はないのではないでしょうか。TSVは、粘膜面で非特異的な免疫作用を有するインターフェロンを放出させるということですので、乳腺においておいても効果が全くないとは言えませんが、乳房炎原因菌に特異的な抗体産生を誘導できないと、なかなか乳房炎予防に繋がらないような気がしています。もし、先生の方で、TSVを接種した牛群において乳房炎調査をする機会がありましたら、是非結果を教えていただければと思います。

Q8  海外で乾乳軟膏を入れない時に外部シール剤を使用することはないのですか?なにかデメリットや内部シール剤に比べて足らない部分があるのですか?
(菊先生)
 ご質問ありがとうございます。海外でも外部シール(External Sealant)と表現されている製品は販売されていますが、日本国内で販売されている外部シールとは異なり、乳頭に液体を浸漬させるディッピング剤のようなものです。しかしながら、乾乳期に利用するには評判が芳しくないようです。理由はおそらく、その外部シールの薬液は、乳頭に付着してからすぐに牛床や敷料とこすれて乳頭表面から拭き取られてしまい、乾乳後のケラチン形成まで乳頭口を十分に保護できないことが多いためと考えられます。そのため、内部シールが入手できる国々では、乳頭管を栓で閉じる(安定して物理的に乳頭内部への細菌の侵入を防ぐ)ような内部シールを選択することが多いのだと思います。

 
 

Access No.